[PR] ケアマネージャー 求人 in his black eyes


電車は揺れる。

向かい合わせに座って、それでもお互いの瞳を見つめることはしなかった。
流れ行く景色を見つめてぽつぽつと言葉を紡ぐ。

夕間暮れの町。田舎から町へ、町から田舎へ。
この国の景色を映していく。
窓の外に。彼らの目に。彼らの心に。



「アルフォンスが・・・そうか・・・。君も酷いな。一言言ってくれれば葬列に参加したものを」
「アンタ、忙しいだろうが・・・」
「そのくらいの時間は取れるさ」

「ははっ・・・大総統閣下がいらっしゃる葬式なんてあいつには似合わない」
「そうかね」
「あぁ・・・」

「そうだな・・・・・」
「あぁ・・・」




終りなき旅。





いまやこの国で知らぬ人は居ない。国の元首となった男と、再び直接合間見えることになるとは、
エドワード自身全く持って予想だにしていなかった。
大総統の衣服である軍の正装の長いコート姿でなく。記憶の中に微かに残ったシンプルなスーツ姿で。
東部の地方都市の片隅の駅で彼を見つけたのはほんの数時間前のことだ。


「なんで、アンタがいるの?」
「・・・・?」

かけられた声に。彼はエドの方を見たが小さく首をかしげるような姿をした。
そしてすぐにエドの顔を見て、小さな肩の揺れと共に目を見開き、
改めてこちらの瞳を見つめ返してきたのだ。

「エドワード・エルリック。久しいな」
「アンタ、今、俺のこと忘れてただろう」
「仕方ないさ、30年ぶりかね?」
「そんくらいかな・・・?俺の方は新聞やら何やらでよく見かけてるけど」
「私は実に30年ぶりだ。随分と老け込んだな。エドワード」


そういって見せる笑みは何処かで見たことがあるような概視感で。
そうだ、この笑い方は変わっていないんだと一瞬で悟る。
そして前髪を下ろすと10代若返るという彼の特性も今だ変わっては居ないらしい。
新聞で見かけるオールバックの彼からするとかなり若く見えた。
彼は60代にさしかかるか掛からないかのはずだが、
白髪は増えても量は減ってはいないその前髪が掛かると下手したらエドと
そうそう変わらないほどに見えるかもしれない。




お互い30年分の人生を重ねて。
彼の髪には白髪も混じり、中年期も過ぎ去り初老と言うに相応しい年齢だ。
エドワード自身も。かつて彼と関わっていた時の青年、ましてや少年ではなく、
いい年をした40代であった。
互いに相応に刻まれた皺を更に寄せて、二人は笑いあい、握手を交わした。


「久しぶり。ロイ・マスタング大総統閣下」





ロイは中央に向かう途中なのだという。
一国の元首が護衛も連れずに出歩くなんて事があってよいのか。
そうは思うが本気で心配するほどにはかつて程この国の治安は悪くない。
部下に猛反発されたのを振り切って、帰りまでのひと時を手に入れたのだと、
ロイはうんざりと、しかし嬉しそうに語った。

「まぁ少佐・・・ホークアイ少佐はこの1,2列後ろの車両にいるはずだがね。」
「アンタ、いまでもあの人に迷惑かけてんだろ?」
「少佐には頭が上がらんよ」


列車がトンネルに差し掛かると窓は黒一色となり、その時初めて
お互いが目を合わせて向かい合う。

「アルフォンスは・・・」
「病気。肺のね。もとから身体は丈夫じゃなかったんだ。
人体錬成で作り上げた身体だったし。あの身体でここまで良く持ったって医者も言ってたよ」

エドは肩を竦めて言った。
アルフォンスが死んだのはアルが40になってすぐのことだった。
アルの40の誕生日にとエドの家族と、アルの家族、そしてロックベル家でささやかなお祝いのパーティーをして。
その数日後に倒れて、そのまま家に戻ることなく死んでしまった。

エドは再び黒一色の窓を見つめて言う。
ロイは黙って聞いていたが、家族という言葉に顔を上げた。

「お前結婚してたのか?」
「え?あ、言ってなかったっけ?もう娘が6歳になるよ」
「・・・30年も離れると変わるもんだ・・・」
「俺ももう40過ぎだぜ?」
「そうだな・・・」


エドワードの30年間は穏やかなものだった。
最初は賢者の石とホムンクルス、それにつながるあの事件の後始末に追われていた。
もちろん国も動くほどの事件であったので軍部も関わっていたが、それ以降の、
個人的な後始末だ。
それも終わると、しばらくは故郷に戻り、弟の身体の安定の為に休養をしていた。
弟が医療系の錬金術を学び、医者を志す様になってからは、エドは工学を専門に研究を続けたという。
37のときに中央で知り合った女性と結婚した。エドが通った研究所の研究員の女性だった。
中央にいるうちに娘も生まれ、アルの体調が悪くなって各地を巡業する医療活動をやめ、
リゼンブールに落ち着くようになってからはエドワード達一家もリゼンブールへと引っ越した。
何もない田舎の生活に不満ひとつ言わない出来た妻だと、エドワードは話した。

「お前の論文なら何度か見させてもらったよ。
なぜ銀時計の返却を許したのかと国の研究者からは散々責められた」
「俺も何度かは考えた。やっぱ見られる資料が違うからな」
「お前が居てくれればまた飛躍的な展望が望めるものを」
「お、珍しい。褒めてくれてんの?」
「君の腕は買ってるよ」



列車がトンネル続きの山際を抜けると田園地帯が広がる。
まだ黄金色に染まるには早い季節。田んぼは青い波で満たされていた。
少しの沈黙の後、エドが窓の外を見ながら再び口を開く。

「アルは、最期、眠りながら死んだんだ。」

それは昔の、自らの罪と自責して弟を語る目ではなく。

「ずっと夢見てたらしい。寝言言ってたんだよ。俺のこと呼んでた。
そして・・・最後に有難うって・・・言われたんだ。兄さん、有難うって」
「・・・・そうか」
「その時になって初めて、あぁ、終わったんだって思ったんだ。
へんだよな、もう30年経つのに・・・」

エドは歯を見せて笑う。その笑みは自嘲でも自責でもなく。
その深く優しいその笑みを、ロイはいままで見たことがなかった。


「お前の夢は叶ったのか?エドワード・エルリック」

「あぁ・・・・ようやく・・・・実感したよ」

「・・・そうか」

エドの笑いに応えて、ロイも深く笑ってやる。
ロイはエドがどんなに切望し。身を削ぐようにしてその夢を求めていたか知っている。
自分の引きずりこんだ獣道に躊躇したこともあった。
しかし、今、穏やかに笑うエドを見て、ロイは心底嬉しかったのだ。

40と60の男が向かい合って笑っている状況に気づき、恥ずかしかったのか、
エドは慌てたように田園風景を写す窓に目を向けた。


「あ、アンタはどうなんだよ?まだやりたいことあるんだろう?」
「そうだな・・・やりたいことは尽きないが。」
「この前でっかい条約成立させてきたばっかりだろ」
「あれは大分骨が折れたな。10年越しの大条約だ成功してもらわねば困る」
「ははっ・・・頑張るね、大総統閣下。アンタの夢の終焉はいつなんだろうな・・・」

国家の平安なんて終わりがない。
少なくとも今は平和を維持しているように見えるが国内問題は山積みだ。
それらの問題が片付く前に和平を乱す暗雲が立ち込めるだろう。
国家の完璧な平安とは誰にもなしえない物なのかもしれない。
それを追い求めるこの男の夢の終焉は何処にあるのだろう。

肩を竦めるようにしてエドが言うと、一瞬の沈黙が開く。
ロイは軽く瞳を閉じ、一息つくようにしてたっぷりの間をおいた後言った。


「・・・・・退任しようと思っているんだ」
「へ」
「・・・もうそろそろ潮時かと思ってね。後任には有望なものが沢山居るし、
やるべきことの基礎は築き上げたつもりだ。一人のものが何時までも最高権力者でいるのは
危険だ」
「あんた・・・」

エドは口を開けたまま彼を見つめた。
最高権力者が長い間君臨し続けるのは何も珍しいことではない。
殊、軍事国家においては。さらにロイの続投を全てとは行かないが多くの国民は支持するだろうに。
彼は自ら退任するというのだ。

「まぁ、正直な話体調も良くなくてね。大事を抱えてしまったときに
私がぽっくり逝ってしまったら混乱するだろう?だから一時とはいえ平安なこの時期が
適当かと思ってね」
「・・・・そうか」

窓の外に視線を移すロイを見つめて。

「あんたの夢は叶ったのか?ロイ・マスタング」

彼が自分に言った質問をそのまま返す。


「それは、国民が、もしくは後世の人が決めることだな。」
肩を竦め苦笑いをする。

「そうじゃなくって、アンタは満足なのかよ?」
「・・・・」

ロイは目を細め、ただ薄く笑った。






外の田園風景はいつしか街の風景へと変わり、人がまばらに行きかう街に夕日が差し込む。
二人は窓の外の景色を眺める。
街から、再び田園へ、山際へ、谷へ、街へ。


「この国は、美しいな」
「あぁ・・・アンタが守ったんだ」
「お前もだ。あの事件を防げなかったのなら今頃この国はない。」
「・・・・そっか・・・・綺麗だな」
「お前と見ることが出来てよかった」




美しいこの国を。二人の夢の終焉を。






*


「じゃあ、俺、行くから」

やがて列車はイーストシティーに到着し、エドは鞄を下ろし、コートを羽織る。



もう会うこともあるまい。
そうは思ってもその姿を目蓋に焼き付けようとも握手を求めたりもしない。
それはエド も同じようで。


かつてエドがロイの下から各地へと出掛けていった時のように。
小さく手を揚げ、短く笑っ て、背を向けて歩いていく。
「あぁ、気を付けて」
そしてロイも同じように返す。 廊下を歩いていく後ろ姿をみて軽く目をつぶると、遠い記憶のなかの
赤いコート目に浮か んだ。隣に鎧の弟を伴って。ただ前だけを見て、ただ歩いて。
目を開けるとあの頃と変わりのない、位置がだけ高くなった金髪が揺れている。
その隣に は鎧の弟も人間の姿の弟もなく、一人で、ゆっくりと歩いている。
ただ、前だけを向いて。 振り返ることはないのだろう。そう、ロイはひとり思う。


しかし、予想に反して、彼は、エドワードは一度だけこちらを振り返り、
静かに、深く 笑って。ロイもそれに応じて深く笑む。



さよなら。


それか、エドワード・エルリックとロイ・マスタングの最後の会合だった。















*




半旗が、掲げられている。





公会堂へと続く大通りには白と黒の布がはためき、白い花で溢れ、その先を目指す人で溢 れ帰っていた。
人々は惜しみの声を上げ、彼を讃え、セントラルの街は特殊な空気に包ま れた。
その人込みの流れにエドはいた。

葬列の賓客としてのホークアイからの招き状。それよりも早く耳にした前大統領の訃報。
行こうか行くまいか悩んだ末にエドは荷物を纏め列車に飛び乗った。

人の列の続く果てにある公会堂の。
白い花で埋めつくされた祭壇に彼は眠っていた。 記憶にあるよりも更に白い顔をして。
長い裾の大総統服を着せられ横たわる姿は神々しさ さえ感じられた。

「エドワード君」
エドに声を掛けたのはホークアイで、軍服の礼装をしている。
「久しぶりね」
ロイの退任と同時に彼女も退任したと聞いていた。その後の世話も彼女がしていた、と も。
エドは挨拶を返し、軽く握手を返した。
「ホークアイさん、仕事やめたんじゃなかったっけ?」
彼女の軍服を見て言う。 ホークアイは目を細め、祭壇に横たわる男を見つめる。
「この人が軍服を着ているかぎり、私が脱ぐ訳にはいかないの」

晴れやかに、笑った。

つられてエドも彼を見ると、その顔には深い深い優しい笑みが湛えられていて。
あの最後 になった列車での別れ際の顔よりにもさらに穏やかで。

「やり終えたんだな」
思わずつぶやいた。
「えぇ」
ホークアイが力強く頷く。

横たわる彼の胸で組まれた手。
その手で何人の人間を焼いたのだろう。その手で、何人の命を救ったのだろう。
その手で何人の人の笑顔を作ったのだろう。

とても、想像はつかないけれども。



「アンタはよくやったよ、ロイ・マスタング」

エドはホークアイに軽く会釈をして、そしてもう一度、ロイを見て、葬場をあとにした。












*

その丁度一年後にはホークアイが亡くなったとの知らせを受けた。
葬儀にこそ出席しな かったものの、今度家族を連れて墓参りに行くのもいいかもしれない。
ロイの墓参りも兼ねて。

大総統墓には未だ献花が耐えないのだという。
娘に希代の名大総統と呼ばれた男の馬鹿げた話をたっぷりしてやろう。
そう思いながら、エドワードは空を眺めた。






遠い昔のことだ。



この空の下、鎧の弟と共に奔走して。



報告書を出しに、査定のつい でに、と立ち寄る司令部。「鋼の」と呼ぶ彼の声もまだ耳に残っているのだ。



彼の夢は終焉を迎えた。長く、険しい道の末に。



自分の夢も、アルが死んだときに一度終焉した。








「さて…」
これから、どうするかな。
向うからやってくる妻子に目を向け、エドワードは目を細めた。





















Fin


***

エドは長生きしそう。90ぐらいまで。




back