[PR] 看護師 転職 in his black eyes

愛しい者達。

多くを奪った代償を払ったとは思っていない。


ただ、お前たちの元へ行く資格はあるだろうか。私の人生を終わらせていいだろうか。

私は精一杯やったつもりなのだがね。



 

 


ある男の最期について


 

 





がちゃりと開いた扉の方にロイ・マスタングは目を向けた。
ベットの上に身を起こしていた彼の髪には白髪が混じり、かつては童顔だと揶揄された顔にも
年齢相応に皴が刻まれていた。
多数の封書や手紙を携えて開いた扉から入ってきたのは未だ金髪を保ったままの彼の長年の部下であり
彼の退役後も世話をし続ける、リザ・ホークアイその人であった。


「閣下、お身体のほうは如何ですか?」
「ああ、今日はだいぶ良い。久しぶりに外にでもでたい気分だよ」
「そうですか。あまり無理はなさらぬように」

「ああ・・・それにしてもリザ、もう閣下はやめてくれ私は退役したんだ」
「未だこれほどの書類は届いておりますが?」


アメストリス大総統ロイ・マスタングは40歳の若さで大総統に就任し、その治世15年。
当初は内乱の英雄であるということや異例の若さから一部おおきな反発もあり
その就任に異議を唱えるものは少なくはなかった。
しかし彼は軍事国家の色を強く残しながらも隣国との調和に尽力し、
議会との大幅な譲歩、講和を重ね善政の大総統として数えられるようになる。
そして、退役した後も彼を頼り意見を求めるものは多く、彼を慕う国民は絶えることはない。
毎日多くの書類や手紙が彼の元に届いているのだ。

「これは、私の仕事ではないだろうに・・・やらなくてもサボリにはならんだろう」
「ええ。」

ホークアイは微笑んだ。
マスタングの大総統退位と同時に彼女も軍を退役し、退役後体調の優れない彼の世話役として
身の回りの世話を見ている。
退役後も世話になるとは、君には頭が上がらないと苦笑するマスタングに全くですと答える反面
彼女はこれ程になく幸福だった。彼の背中を守るのはずっと自分の役目であって、
それが彼の退役後も続けられるのはこの上ない至福だったのだ。


「ん・・・?懐かしい御仁からの手紙だ」
「どなたで?」
「エリシア嬢だよ。子供が小学校入学だそうだ」
「もうそんなになりますか。最後に会われたのは結婚式の日でしたか」
「ああ。まさか妻もいないのに花嫁を連れてヴァージンロードを歩くとは思わなかったよ。
 じゃじゃ馬だったが嫁の貰い手があってよかった」


手紙と書類に目を通し、必要であれば返答を。
そんなことを繰り返すのが退役後の彼の日課となっていた。
体調のよい日は庭に出て陽光の下眠り、テラスでホークアイと食事を取る。
懐かしい顔がまれに尋ねてきて穏やかに過去を振り返り話をする。





暖かな日差しが降り注ぐイーストシティーのはずれの町。彼はそこを生涯の終わりの場所と決めたのだ。




****

退役後2年目の春。
マスタングの病状は思わしくなくむしろ悪化の一途を辿っていた。
外に出ることもめっきり、減りベットの上で寝ていることがほとんどとなった。
ホークアイは仕事関係の書類を彼に回すことをやめ、旧知からの手紙だけを彼に渡した。

「リザ・・・私は、成し遂げることができたのだろうか・・・」


うわ言の様に呟く。

「かつての友を最近よく思い出すのだよ。気づけば倍近く私は生きていた・・・」

そして過去を自分自身に思い出させるように呟きながら眠りに落ちるのだ。
眠りに落ちた彼の顔はとても穏やかで。
ホークアイは安堵した。



 



「今日はとても調子がいいんだ」

太陽が高く上った時刻。目が覚めた彼は言った。
「久しぶりに庭に出ようと思ってね。外もだいぶ暖かくなっただろう?」
「しかし、閣下・・・」
「大丈夫だよ。それと閣下はよしたまえ。もう仕事もしていない。ロイ、と呼んで欲しいのだがね?私は」
「いえ・・・閣下は閣下ですから」
「・・・そうか、君がしたいようにしなさい」

「申し訳ありません」

「誤ることじゃない」


久しぶりに出た庭は春の陽光が溢れんばかりに挿し、風も暖かかった。
ホークアイに助けられおぼつかない足取りを辿りながら庭木の元においてある椅子に座って目を閉じる。


「ああ、リザ、私のことは構わずにいてくれ。買い物に行くなり部屋に戻るなりしてかまわない」
「いえ、ここに居ります」
「言っただろう、今日は調子がいいんだ」

だから、少しの間一人にしてくれたまえ。

「はい・・・なにかありましたらお呼びください」







**


彼女が去った後私は再び目を閉じた。
穏やかな風が私の頬を撫でる。その風は彼の友人の声を思い出させる。
どこまでも優しく、ときに厳しく。
私を癒し、導くのだ。


「・・・ヒューズ・・・結局嫁はもらわなかったよ・・・」
くつりと、笑みが漏れる。仕事一筋がんばったんだ。私が、だぞ?

風はやむことは無く穏やかに吹き続けて。
彼が聞いてくれているようで。
我ながらロマンチスト的な発想だと思ったがどうせ聞く人もいない。
そう思おう。


「ちゃんと大総統になった。思い通りにならないことばかりだったがなんとかやってきたんだ」
なぁ、聞いているのか。

馬鹿な。私は死後を信じない。
聞いてくれるのは風の音。しかし今はそれを友と思おう。


目を開けて見上げたら木々の葉の隙間から、澄んだ青が見えた。
その青はかつての部下を思い出させる。
どこまでも澄んでいて痛いくらいに澄んでいて私を射抜くのだ。

なんだ、今日は懐古デーか。私もそろそろ本当に危ないな。

「ハボック、私より先に死んだ造反の罰の覚悟は出来ているんだろうな」

また柄でもない。

どこか爽快な気分になって行く。身体から力がぬけるような。


最後に感じたのは風の柔らかさと空の青。
そして私を閣下と呼ぶ彼女の声。


私の意識は闇に溶けた。



 


**


ホークアイが様子を見に庭を覗いたとき、マスタングは椅子の前に倒れていた。
すぐに抱き上げ運ぼうとしたが50を超えた女の体力ではどうにも仕様が無い。
彼女は迅速に医者に連絡を取り、訪れた医者と共に彼をベットに運び、
診察する医者の言葉を待った。

「・・・・昏睡状態です・・・残念ながら・・・」

医者は俯いて告げた。
「閣下の病状はもう・・・・」

そう遠くない未来に宣告されるとは判っていたその言葉に、
ホークアイはただ頷き、医者に礼を言った。



マスタングは眠り続けた。





 

****

それから三日後、彼が目覚めたとき、これが最期なのだと、彼も、ホークアイも悟っていた。
彼は気だるげに瞼を開け、薄っすらと微笑むと隣に座るホークアイの手を取り口を開く。

 


「君には本当に世話になったよ・・・ありがとう」
「いいえ・・・閣下。私にとっての幸せですから」
「そう言って貰えると有難いな・・・・懐かしい夢を見たよ。東方司令部時代のね。
 鋼の・・・エルリック兄弟を思い出した。国家資格を返上したのを最後にあっていないな・・
 彼らは私にいろんなものを見せてくれたよ。関わったのは短い時間だがよく印象に残っている」
「ええ・・・」
「あの頃から私は金髪の犬を飼っていた。いつもタバコを咥えていたな。私が大総統になる前に死んでしまった。
 しきりに私より先には死なないと言っていたくせに、だ。最後の最後で命令違反とはいい度胸した犬だった」
「・・・はい」
「ヒューズは毎度毎度娘や奥方の話で電話をかけてきた。煩わしいかったが
奴が死んでからはその声が懐かしくてしょうがなかった。
 私はヒューズとの約束のために大総統になった。ヒューズのあだ討ちのために上り詰めた。
 私はもう奴に会いに行く資格ぐらい得ているはずだ・・・私にしてはよくやっただろう・・・?」
「・・・・・・准将はお許しになります」


ホークアイの脳裏にもまるで走馬灯のような光景が脳裏に流れていた。
出会ったから彼のを守り抜くと決め、背中を任せてもらう喜びとともに生きた日々。
常に彼の横に居た。彼を見ていた。

涙が、にじむ。


「・・・閣下・・・か、閣下・・・有難うございました・・・ありがとう・・・」

「礼を言うのはこちらの方だよ・・・・ああ、リザ、
 君は結局最後まで、名前では呼んでくれなかったね・・・・」



 


空に、目を向ける。

 



「あぁ、困ったな・・・・もう、本当にすることがない・・・・」








愛しい者達。






多く奪ったその代償を払えたとは思っていない。





ただ、お前たちの元へと行く資格があるだろうか。





私の人生を終わらせていいだろうか。


私は精一杯やったつもりだがね。











「はい・・・はい・・・・お疲れ様でした・・・閣下・・・・・・・・ロイ・・・・・・・・」

静かに息を引き取ったマスタングの上に、ホークアイの涙が流れた。











 

 


*****
 

彼の葬儀は国葬となった。
セントラルへと輸送された彼の遺体は大総統服を着せられ棺へと移され、
白い花で溢れた馬車で大通りを厳かに行進した。

国中では半旗が掲げられ、葬儀の様子は国中でのラジオ放送となり
人々は黙祷をもって彼を追悼した。



葬儀に参列したエルリック兄弟は彼の死に顔に敬礼し、
「あんたはよくやったよ、大佐」
と微か微笑みながら零したという。

グレイシア・ヒューズはエリシアと共に現れ、

「主人を、しばらくよろしくお願いいたします」
と言って一度目礼した。

かつての部下たちは敬礼をもって彼を悼み、
現大総統も最高礼をもってしてロイ・マスタングを弔った。





 

 

 




彼の墓にはいつまでも献花が途絶えることはない。
今も小高い丘にある墓に、静かに眠っている。











fin


****

半旗が掲げられるのを書きたかっただけかもしれない。



マスタンの最期の台詞は某WJの歴史ファンタジーから。

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